2008.12/02(Tue)
12月ですね。
早いものでもう12月です。
結局、ハロウィンネタは終了出来ないままに12月に突入してしまいました!
(ワタシ的に)やむを得ない事態が発生してしまったせいとはいえ(しかもまだ続行中なんですぜ!? 原稿用紙と向かい合うといきなり目眩がするんですぜ!?)、
12月となったら世界的ビッグイベントのクリスマスがあるというのにーのにー……。
まだハロウィンネタがー……ってグズグズ言ってても仕方ないんで、
取り敢えず本日、ふと思い付いて描きたくなったネタをアップしときます。
またしてもあの世ネタですけどね(^^;)

でも、ふとネタを思い付いて、それをその足で描けたんだから、確実に快方に向かってる感じですな!
もう一息だ、頑張れ頑張れ。うん。
つーか昔はこのビョーキ今どころじゃなくヒドかったんだけど、よくもまぁ耐え抜いたと思うよ当時の私……(^^;)
今もそれは変わらないけど、やっぱ乗り切れたのって支えてくれた友人たちあっての事だよねぇ……。
ありがたやありがたや……。
あ、下はラクガキの神通さんです。
ホントにラクガキ。線がっすがす(笑)
しかもサムネイル表示してません(^^;)

いや、まぁ、そういや戦前までの軽巡って標準装備で魚雷も持ってたよなぁ、と。
本読んでたりすると、『神通』が魚雷を撃つシーンも出てくるし。
それいったら、大正期の戦艦も、近代改装前(でいいのかな?)は、魚雷を装備してたらしいですが。
そんでもって、読んだ本の中に、
確か『榛名』だったかな? 当時、まだ皇太子だった昭和天皇に魚雷発射を見せる事になったとかで、だけど皇太子殿下臨席に緊張した指揮官が、魚雷を撃った後、普段より早く魚雷発射管の弁を開ける指示を出しちゃって、
で、結果、発射管の中に入ってた海水が艦内にドバッとあふれ出て(戦艦の魚雷発射管は喫水の下にあった模様?)、ホントに発射管の近くで発射訓練を見ていた皇太子のズボンと靴にモロにかかったというエピソードが載ってました。
当然、青くなった指揮官に、時の皇太子殿下(昭和天皇)は、事もなげに笑い返すと、ズブ濡れになった靴をガポガポいわせながら、次の見学場所に向かったとか。
また、昭和の代になってから『榛名』が御召艦になった時、とある行幸先で、出発が夜になったにも関わらず、沿岸で見送りの人々は絶えず、陛下もまた、見送りの国民に応える為にいつまでも甲板から降りないので、
そこで『榛名』は、見送りの人々とそれに応え続ける陛下の為に、探査灯(だったかな?)をすべて灯して湾を出たそうです。
……って、話が逸れましたが、とにかく、軽巡の魚雷です。
こないだ買った巡洋艦特集の雑誌に、『阿武隈』の魚雷発射管のトコを、艦の内部から撮ってる写真がありましてね。
魚雷発射管といえば、駆逐艦の、上甲板に剥き出しで乗っかってるって印象があるせいか、艦内にある魚雷発射管の写真には、“へえ……”って思いました。
真珠湾攻撃にて、最後の給油を受けた直後とか、『阿武隈』は資料的価値の高い写真が色々とあるようです。
そんなこんなで、ウチ的に魚雷のイメージ化である“槍”を持ってるラクガキも、最初は神通ではなく阿武隈で描くつもりだったのですが、
でも、軽巡にとっての魚雷を、駆逐艦同様に槍にするか、それとも苦無(クナイ)みたいな飛び道具にするか迷ってるうちに、なんとなく神通描いちゃった、みたいな。
そんでもって、槍を持ってる神通を描いたものの、まだ、軽巡(軍艦)にとっての魚雷を、駆逐艦と同じ槍にするか、それとも苦無(クナイ)にするか決めきってません。
槍でも良いけど、神通とか阿武隈が苦無とか使ったらカッコいいと思うんすよねー……。
アクションも派手になるしさー……。
うーん……。
↑とかって悩んでるけど、今後、彼らのアクションシーンを描く予定があるかいえば、そんなん別になかったりする。
結局、ハロウィンネタは終了出来ないままに12月に突入してしまいました!
(ワタシ的に)やむを得ない事態が発生してしまったせいとはいえ(しかもまだ続行中なんですぜ!? 原稿用紙と向かい合うといきなり目眩がするんですぜ!?)、
12月となったら世界的ビッグイベントのクリスマスがあるというのにーのにー……。
まだハロウィンネタがー……ってグズグズ言ってても仕方ないんで、
取り敢えず本日、ふと思い付いて描きたくなったネタをアップしときます。
またしてもあの世ネタですけどね(^^;)

でも、ふとネタを思い付いて、それをその足で描けたんだから、確実に快方に向かってる感じですな!
もう一息だ、頑張れ頑張れ。うん。
つーか昔はこのビョーキ今どころじゃなくヒドかったんだけど、よくもまぁ耐え抜いたと思うよ当時の私……(^^;)
今もそれは変わらないけど、やっぱ乗り切れたのって支えてくれた友人たちあっての事だよねぇ……。
ありがたやありがたや……。
あ、下はラクガキの神通さんです。
ホントにラクガキ。線がっすがす(笑)
しかもサムネイル表示してません(^^;)
【More・・・】

いや、まぁ、そういや戦前までの軽巡って標準装備で魚雷も持ってたよなぁ、と。
本読んでたりすると、『神通』が魚雷を撃つシーンも出てくるし。
それいったら、大正期の戦艦も、近代改装前(でいいのかな?)は、魚雷を装備してたらしいですが。
そんでもって、読んだ本の中に、
確か『榛名』だったかな? 当時、まだ皇太子だった昭和天皇に魚雷発射を見せる事になったとかで、だけど皇太子殿下臨席に緊張した指揮官が、魚雷を撃った後、普段より早く魚雷発射管の弁を開ける指示を出しちゃって、
で、結果、発射管の中に入ってた海水が艦内にドバッとあふれ出て(戦艦の魚雷発射管は喫水の下にあった模様?)、ホントに発射管の近くで発射訓練を見ていた皇太子のズボンと靴にモロにかかったというエピソードが載ってました。
当然、青くなった指揮官に、時の皇太子殿下(昭和天皇)は、事もなげに笑い返すと、ズブ濡れになった靴をガポガポいわせながら、次の見学場所に向かったとか。
また、昭和の代になってから『榛名』が御召艦になった時、とある行幸先で、出発が夜になったにも関わらず、沿岸で見送りの人々は絶えず、陛下もまた、見送りの国民に応える為にいつまでも甲板から降りないので、
そこで『榛名』は、見送りの人々とそれに応え続ける陛下の為に、探査灯(だったかな?)をすべて灯して湾を出たそうです。
……って、話が逸れましたが、とにかく、軽巡の魚雷です。
こないだ買った巡洋艦特集の雑誌に、『阿武隈』の魚雷発射管のトコを、艦の内部から撮ってる写真がありましてね。
魚雷発射管といえば、駆逐艦の、上甲板に剥き出しで乗っかってるって印象があるせいか、艦内にある魚雷発射管の写真には、“へえ……”って思いました。
真珠湾攻撃にて、最後の給油を受けた直後とか、『阿武隈』は資料的価値の高い写真が色々とあるようです。
そんなこんなで、ウチ的に魚雷のイメージ化である“槍”を持ってるラクガキも、最初は神通ではなく阿武隈で描くつもりだったのですが、
でも、軽巡にとっての魚雷を、駆逐艦同様に槍にするか、それとも苦無(クナイ)みたいな飛び道具にするか迷ってるうちに、なんとなく神通描いちゃった、みたいな。
そんでもって、槍を持ってる神通を描いたものの、まだ、軽巡(軍艦)にとっての魚雷を、駆逐艦と同じ槍にするか、それとも苦無(クナイ)にするか決めきってません。
槍でも良いけど、神通とか阿武隈が苦無とか使ったらカッコいいと思うんすよねー……。
アクションも派手になるしさー……。
うーん……。
↑とかって悩んでるけど、今後、彼らのアクションシーンを描く予定があるかいえば、そんなん別になかったりする。
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